古道具「我流会」
しょんべんはお断りだよ
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「ラジオ名人寄席」は10年ほどの歴史のある番組で、当初は毎週月曜から木曜まで25分で落語オンリーでしたが、それが月・火・水が落語、木が色物となり、それが最終的には週1回となり、中入りに司会者の趣味でクソにもならぬ雑音音楽を押し込むという凋落ぶりでした。番組開始時は4月ひと月を志ん生師匠の噺のみで埋め、締めが「黄金餅」という豪華さでした。あのころが懐かしい・・・。
番組開始5年目くらいから、「こんなに濃厚な内容だと、その内ネタ切れになるんではないか」と危惧していましたが、文治師匠や柳昇師匠、小南師匠等の「昭和の名人」の生き残りが次々にあちらに赴かれ、あまり良くない意味でネタは補充されたんですが・・・そんなネタ補充もしていたんですね。
後を継いだ新番組は、単に司会と看板と音源が変わっただけで、あまり変わり映えしません。仕方なくやっているという投げやりさが見え見えの構成です。また、教育テレビの演芸枠も土曜の午後1時45分から更に視聴率の低そうな木曜の昼下がりに変わってますし、BSでも演芸枠は大幅に減っているようです。まともに伝統芸能を扱える唯一の放送局のNHKがこんなことでは先が思いやられます。
NHKが「ラジオ名人寄席」でTBS収録の落語を誤って無断使用していたということです。
それだけなら、まあいいのですが、その関係で番組を打ちきってしまうなんて。
マスコミに騒がれないための事前防衛策なんでしょうけど、それ以上に日本の芸能文化の低下に繋がると思うのですけどね。
とはいえ、なかなか聞くことが出来ないのであまり言えませんが。
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20080329ddm012040097000c.html
だいぶ前ですが、圓窓師匠と狂言の故野村万蔵さんが狂言落語「花子」と落語狂言「平林」をひっさげて、湯布院に乗り込んだことがあり、目の前5mのところで演技に接することができました。口調のはっきりした解りやすい落語ですが、平明そうに見えてなかなか含蓄のある演技は流石でした。
狂言も落語も、従来は能や歌舞伎等の正統の芸から一段低く見られていましたが、いまや古典芸能としての地位を確立し、更にその上に新しさを求める努力が演者によって絶え間なく続けられて居るからこそ、いつまでも魅力を失わないんでしょうね。下手な古典文学が足下にも及ばない日本の伝統文化として価値を持つ落語を子供達に紹介して行こうという努力がされていることは嬉しい限りです。
先日テレビ「平成教育委員会」を見てたら、小学校の授業で日本の伝統芸能を教えるために落語を取り入れているとかで、三遊亭円窓師匠が教壇に座って「へっつい幽霊」を演じているところを映した。高座(?)が映ったのはほんの数秒で、あとはアナウンサーによる味気ないあらすじ紹介の後に、『さて、オチは何でしょう』って問題なのだが。
落語を取り入れている国語の教科書が映ったあたりで愚息が騒ぎ出した。番組で紹介された教科書が愚息のと同じなのだ。
見ると円窓師匠も写真入りで紹介されている。国語で取りあげるのはよいことだと思うが、ハナシを除けばわずか2ページで、子供に落語がいかなるものか伝えるのは難しいでしょうね。田舎じゃ実物を見せる機会もほとんどないし。
ちなみにハナシは「ぞろぞろ」を紹介しています。文字で書くとなると、こういうハナシになりますかねえ。
テレビでは時間の制約もあるため、「ちきり伊勢屋」や「百年目」みたいな大ネタの人情話をじっくり鑑賞する機会が少ないですが、マスコミに出ない独演会や勉強会では長講一席が披露されているかも知れませんね。やはり都会は良いです。
定席ではトリでもせいぜい30分から40分がいいとこですが、これまで行き当たった中で、じっくり腰を据えて聴かせてくれる師匠じゃないかなと感じたのは、下の投稿でも触れたさん喬師匠や演技力のずば抜けた喬太郎師匠、声色を変えずにきっちり男女を演じ分ける古風な芸風の遊三師匠です。上方落語にも隠れた名人上手はおられるかも。「立ち切れ線香」を純上方言葉でじっくり聴いてみたいものです。
三遊亭は、圓朝、圓生といった大々看板がありますが、なかなかに人情話をしっかり聞かせるという人は現れにくいのでしょうか。近頃は落語が「ブーム」なんてものになっているそうです、それがきっかけに将来に繋がる芸人さんが現れるといいですね。
生の円楽さんは笑点の公開録画で見たのが唯一です。
「大仏餅」を演じて居て絶句したのをきっかけに高座を降りた先代文楽師匠と同じように、自分の芸に対して厳しい姿勢を貫くというポリシーを最後まで堅持したことは、高く評価しています。
それに、怪しいろれつを味わいに転じた志ん生師匠は別として、全盛期の精彩を失った芸人さんは端で見ていてやりきれないものがありますが、そのような老残の姿を客の前に曝したくないというダンディズムに、引き際の良さや潔さも見て取りました。
ただ・・・噺家さんが大勢の前で引退宣言をしたということに違和感があります(過去に例がないことも無いですが)。文楽師匠みたいに、何も言わずにすっと身を隠した方が江戸落語の噺家さんらしく、粋だったのではないかと思われて残念です。
で、円生師匠の系譜を継ぐのは誰でしょうか・・・。テレビに良く出ている2名は生の高座を見たことがありますが、どうも直系という感じではなかったです。芸風からすれば、柳派になりますが、さん喬師匠が近いような・・・。
円楽師匠引退。新聞報道によると、ろれつが回らなくなって、まだやれると人がいってくれても自分で許せない、とのこと。残念ですが、芸人として熟慮のうえ判断されたのでしょうから仕方がないですね。
生で聞いたことがないんですが、テレビやラジオに多く出演されていたのを聞いて好きでした。
特に印象に残っているのは、忠犬ハチ公は馬鹿だというマクラ。主人が帰らないと理解できないから。『そこいくと私が飼ってる犬なんか、私が戻らない日は駅に行きませんからね。』
頭の良さが前に出すぎる若手がやったら嫌みに聞こえるだろうし、ボケを売りにする芸人だと面白くも何ともない話をうまく聞かせる。抑揚が利いている噺家ってこういう人をいうんでしょうね。
やはり、惜しい。
円楽師匠が引退されるということで、また一人好きな方の高座が拝見出来なくなるので残念です。あいにく一度も生の噺を聞いたことがなく、なおさら惜しい気がします。
ニュースの映像を見ると、確かに衰えたなと感じたので、御本人は決断されたのでしょうけど、ラジオを通した円楽・談志両師匠の噺で落語にはまった身としては非常に残念です。
と言いますが、将来が楽しみになってきました。
今夜、現正蔵師匠と小朝師匠の2人会を覗いてきました。お二人とも上質のスパイスの効いた新作を披露してくださり、2時間の口演時間をたっぷり楽しませて頂きました。
小朝師匠は、いつもながらの洗練された技巧で破綻のない一席でした。
で、本日のお目当ての正蔵師匠ですが、テレビのバラエティ番組でへらへらしていたこぶ平時代の、如何にも素人っぽい「見ていられない」高座を演じていたのが別人としか思えない、抑制が適度に利いた存在感のある高座で、期待を裏切らぬ上々の出来でした。技巧の面でも、下手な老真打ちを凌ぐ腕前。以前は、親父さんのギャグをそのまま使って滑ってましたが、今回は殆ど二番煎じのくすぐりを出さず、ネタのみで真っ当に笑いを取ってました。
既に現正蔵ならではの風格を醸し出しており、誰に似ている、ということは言えないと感じました。強いて言えば、肩肘を怒らせ、若い時分はトンガリ馬楽と言われた彦六の正蔵のきっちりとした描写に、志ん朝師匠の流麗な口調を若干おっとりさせたような語り口、と言いましょうか。
このまま昇り調子になれば、先代金原亭馬生師匠のような、滋味のある噺家になってくれるのではないかと思います。今後、師匠の高座に出くわすのが楽しみです。